大判例

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大阪地方裁判所 平成6年(行ウ)26号 判決

原告

鄭商根

右訴訟代理人弁護士

丹羽雅雄

大川一夫

養父知美

在間秀和

菅充行

池田直樹

上原康夫

津田尚廣

被告

右代表者法務大臣

田沢智治

被告

厚生大臣

森井忠良

右被告ら指定代理人

山元裕史

外八名

被告厚生大臣指定代理人

望月千津子

主文

一  原告と被告国との間における、原告が戦傷病者戦没者遺族等援護法に基づく軍人軍属として同法の援護を受ける地位にあることの確認を求める訴えを却下する。

二  原告の被告らに対するその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  原告の請求

一  原告と被告国との間において、原告が戦傷病者戦没者遺族等援護法(以下「援護法」という。)に基づく軍人軍属として同法の援護を受ける地位にあることを確認する(以下、この訴えを「本件地位確認の訴え」という。)。

二  被告厚生大臣が平成四年八月七日付け厚障年却下第〇〇〇六七八号をもってなした、原告に対する援護法に基づく障害年金請求却下処分(以下「本件却下処分」ともいう。)を取り消す。

三  被告国は原告に対し、金一〇〇〇万円及びこれに対する平成三年四月一二日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、日本国海軍の軍属として勤務中戦傷を負った在日韓国人である原告が、援護法が在日韓国人を同法による援護の対象から除外しているのは憲法一四条及び国際人権規約に違反するなどと主張して、被告国に対して、援護法に基づく軍人軍属として同法の援護を受ける地位にあることの確認(本件地位確認の訴え)、被告厚生大臣に対して、原告に対する同法に基づく障害年金請求却下処分の取消及び被告国に対して、援護法の立法行為の違法等を理由として慰謝料一〇〇〇万円の支払を求めた事案である。

一  前提事実(甲一、五、一〇、一一号証、一五号証の一、二、一七号証及び原告本人尋問の結果により認められる。)

1  原告は、大正一〇年一一月一〇日、韓国済州道北済州郡旧左面下道里三三二二番地にて、父鄭成徳、母金圭春の間の長男として出生し、その本籍地は韓国済州道北済州郡旧左面上道里四五四番地である。

2  原告は、その郷里の済州島で成育したが、日本国政府により日本国海軍の軍属として徴用され、昭和一七年八月、芝浦海軍施設補給部工員に採用されて、同月二八日釜山港を出港し、南洋マーシャル諸島のウォッゼ島に送られた。そして、同島において、飛行場の修繕などの労働に従事していたところ、昭和一八年一一月一五日頃、勤務中に連合軍の爆撃を受け、右前腕切断創、胸部、左右上肢、左右耳、左右眼爆傷等の傷害を負い、そのため、右前肘切断、左母指機能障害、両鼓膜穿孔、混合性難聴の身体障害者等級表による三級の障害が残ることになった。

3  原告は、戦傷を負ってしばらく現地で治療を受けた後、昭和一八年一二月一七日頃病院船で日本に向けて出航し、昭和一九年一月一一日頃横須賀に帰港した。その後、三重県の山田赤十字病院、東京の海軍軍医学校付属病院、海軍施設本部等で治療及び身体障害者訓練を受けるなどしているうちに終戦を迎えた。原告は、日本国の軍属として働き身体障害者となった身で韓国に帰っても、故国では白眼視され地元で生活していくことは困難であると考えたので、親族(いとこ)を頼って大阪市に来た。そして以来、同地で廃品回収業、書籍商(古本屋)の経営等により生計を維持してきて、いわゆる在日韓国人として特別永住許可を得て今日に至っている。

4  原告は、平成三年一一月一二日、被告厚生大臣に対して、援護法に基づく障害年金請求をした。被告厚生大臣は、平成四年八月七日付けで、「援護法附則第二項の規定により同法の適用は受けられない。」との理由を付して、原告の右請求を却下した。原告は、平成五年二月五日、本件却下処分に対して異議申立てをしたが、被告厚生大臣は、平成六年一月一〇日付けで、「異議申立人に対し、援護法の規定による障害年金を支給するためには、同人が戸籍法の適用を受ける者でなければならないところ、同人は戸籍法の適用を受けない者であるので、援護法附則第二項の規定により同法を適用することはできない。」との理由により異議申立てを棄却する旨の決定をした。

二  争点及びこれについての当事者の主張

1  本件地位確認の訴えの適法性

(一) 被告国の主張

(1) 援護法に基づく援護を受ける権利の裁定は、援護を受けようとする者の請求に基づいて被告厚生大臣が行うものであり(援護法六条)、右請求に基づいてなされた同被告の裁定等の行政処分に不服のある者は異議申立てをすることができる(同法四〇条)。また、被告厚生大臣の裁定等の行政処分の取消の訴えは、当該処分についての異議申立て又は審査請求に対する決定又は裁決を経た後でなければ、提起できないと定められている(同法四二条の二)。

(2) 本件地位確認の訴えは、裁判所が行政庁に代わって援護を受ける権利の裁定をなすことを求めるもの、ないしは行政庁に対して何らかの処分を行う義務を課することを求めるものであると解され、いわゆる義務付け訴訟の一種である。

(3) 従って、このような訴訟は、行政庁の第一次的判断権を侵害するとともに、援護法の定める請求手続、不服申立方法である異議申立て、審査請求及び抗告訴訟の制度の趣旨を没却するものであるから、本件地位確認の訴えは不適法として却下されるべきである。

(二) 原告の主張

(1) 援護法は、被告主張のとおり被告厚生大臣の裁定及び異議の申立てに対する決定を経た後でなければ抗告訴訟を提起できない旨規定しているが、援護法がこのような手続きを定めたのは、行政庁に裁量権が与えられていることを前提にして、その第一次的判断を尊重しようとする考えによるものである。しかし、援護法では、日本国籍を有することや戸籍法の適用を受けることを援護を受けるための要件とする国籍条項(同法一一条二号、一四条一項二号等)、戸籍条項(同法附則二項)が設けられて、それにより在日韓国人は一義的に援護法の援護対象から排除されている。従って、原告が被告厚生大臣に対して援護法による障害年金請求を行っても、同被告は、右国籍条項、戸籍条項を違憲と判断しない限り、原告の請求を認め同法に基づく援護を受ける権利の裁定をすることができないのであるが、行政庁たる同被告がそのような判断を行う可能性がないことは、過去の同被告のこの問題についての対応例をみても明白である。そうすると、本件では被告厚生大臣に裁量の余地はなく、原告が同被告に右請求をしても却下されることが明らかであるから、そのような手続の履践を要求するのは、日々の生活に困窮を極めている原告に全く無駄な負担を強いるものに他ならなく、そのような手続を履践していないからといって、本件地位確認の訴えが不適法であるとはいえない。

(2) 被告らは、本件地位確認の訴えが義務付け訴訟の一種であるから不適法であるというが、本件においては、前記のとおり被告厚生大臣が原告の障害年金請求を認めるような判断を行う可能性はないから、そこに裁量の余地はない。従って、裁判所が本件地位確認の訴えを認容しても、行政庁の第一次的判断権を侵害するものではない。

また、そもそも本件地位確認の訴えは、援護法の国籍条項、戸籍条項が憲法一四条、国際人権規約の趣旨に違反し違憲無効であるか否かを争点とするものであるが、このような事柄は行政庁がよく判断しうるところではなく、具体的事件を通して裁判所のみが判断しうるものなのである。

従って、本件地位確認の訴えが義務付け訴訟の一種であるから不適法であるということはできない。

2  原告の援護法上の補償給付請求権の成否

(一) 国籍条項、戸籍条項の解釈

(1) 原告の主張

イ 援護法の立法経緯

第二次大戦前には、軍人軍属については、恩給法や雇員扶助令等により恩給、扶助料等が支給されていた。終戦後、連合軍の占領下において、連合軍最高司令部の施政方針に基づき、昭和二一年勅令第六八号によって、重度の戦傷病者を除いて、軍人軍属やその遺族に対する恩給、扶助料等の支給が停止され、同年の恩給法の一部を改正する法律(同年法律第三一号)により、軍人軍属やその遺族は恩給権者から除かれた。しかし、その後日本に対する戦後処理の問題が進展し、昭和二六年九月八日、日本国との平和条約(昭和二七年四月二八日発効のいわゆるサンフランシスコ条約)の調印がなされ、その発効に向けた手続きが進められる過程において、停止されている軍人軍属に対する恩給等に関して、これを復活しようという動きが高まり検討が開始されて、その結果、戦傷者及び戦没者遺族に対し年金を支給するということで政府の方針が固められ、昭和二七年三月、援護法案が国会に上程された。当初上程された法案の第一条には、「国家補償の精神に基づき」という文言はなかったが、国会の審議の過程で衆議院厚生委員会において右文言を挿入する等の修正を経た上で、同年四月二五日援護法が成立し、同月三〇日公布施行された(但し、その適用については同月一日に遡及するとされた。)。

この間、朝鮮人・台湾人等旧植民地出身者の国籍問題に関しては、同月一九日法務省民事甲第四三八号民事局長通達(以下「民事局長通達」という。)が発せられ、援護法の成立前に既に、旧植民地出身者は日本国との平和条約の発効により日本国籍を喪失するという政府の見解が示された(右見解は、その後の最高裁判例〈最高裁昭和三六年四月五日大法廷判決・民集一五巻四号六五七頁〉によっても肯認されるところとなった。)。そして、援護法においては、本則で、日本国籍を有しないか又はこれを失ったことが失権事由ないし失格事由とされ、附則二項で、戸籍法の適用を受けない者については、当分の間、この法律を適用しないとされるに至ったのである。

ロ 国籍条項の解釈

援護法の国籍条項は、恩給法の国籍条項(九条一項等)に倣って制定された可能性の高いものであるが、恩給法の権利消滅事由に挙げられている「国籍を失いたるとき」というのは、その立法経過からみても、国籍法に定められた自己の意思に基づく国籍の喪失が前提とされていたと解され、領土の喪失による自己の意思によらない国籍の喪失といった事態は全く予定されていなかった。右の点に前記の援護法の立法趣旨をも併せ勘案すれば、同法の国籍条項の解釈としては、日本国との平和条約の発効といった自己の意思によらない事由による国籍の喪失は、同条項に規定された国籍の喪失には当たらないと解すべきである。

日本政府の有権解釈も、援護法制定後四一年間の長期にわたって右と同様のものであった(ところが政府は、平成五年五月一二日付け厚生省社会・援護局援護課長通知で、従前の昭和三七年一〇月二九日付け援護第三一八号厚生省援護局援護課長通知を廃止することにより、正式に右有権解釈を変更し、国籍喪失の理由は問わないものとするに至った。)。また、本件却下処分においても、被告厚生大臣は、処分理由として援護法附則二項を掲げるのみであって、国籍条項を挙げてはいないのである。

ハ 戸籍条項の解釈

援護法附則二項(戸籍条項)は、「戸籍法の適用を受けない者については、当分の間、この法律を適用しない。」と規定しているが、そもそも法律の附則とは、あくまで本則に付随する必要事項を定めるものであるから、本則において権利を有するとされているものの権利を附則において奪うことはできない。

また、ここに「当分の間」と規定されていることからして、戸籍条項があくまで暫定的な規定であることは当然である。そして、援護法の制定経過からすると、戸籍条項は、その制定作業と平行して行われていた日韓会談等で旧植民地出身者の取扱いの問題を確定することができなかったので、これらの国との間で二国間の協議取極が実現し解決に至るまで「当分の間」問題を先送りするという意味で設けられたものであると考えられる。従って、「当分の間」とは、旧植民地各国と日本政府との協議により何らかの取極がなされ問題の解決が図られるまでと解釈する以外にない。しかるに、昭和四〇年六月二二日調印された、財産及び請求権に関する問題の解決並びに経済協力に関する日本国と大韓民国との間の協定(以下「日韓請求権・経済協力協定」という。)において、原告ら在日韓国人の軍人軍属の戦死傷者は、その協定における「完全かつ最終的な解決」から除外され、その後も日韓での協議、取極による解決が図られる可能性がなくなったのであるから、援護法制定時に「当分の間」として暫定的に設けられた期間は、右協定の調印により終了したといわざるを得ない。よって、それ以後戸籍条項はその効力を失った。

(2) 被告らの主張

イ 国籍条項の解釈

援護法の国籍条項は、単に「日本の国籍を失ったもの」と規定するのみであるから、原告が主張するように、これには自己の意思によらない国籍喪失は含まれないと解すべき合理的根拠はない。そして、朝鮮半島出身者が日本国との平和条約により日本の国籍を喪失したことは明らかであるから、原告ら平和条約により日本の国籍を喪失した者についても国籍条項は適用される。

ロ 戸籍条項の解釈

援護法は、昭和二七年四月二五日成立し、同月三〇日公布・施行されたが、同月一日に遡って適用することとされていた。そして、援護法では、国籍条項で、日本国籍を有しない者は適用対象から除外されていたが、同法の適用開始当時、朝鮮半島、台湾等旧植民地出身者の国籍の帰属は必ずしも明らかではなかった。そこで、援護法の適用開始当初からこれらの者については援護法による給付の対象としないという政策的判断を明らかにするため、公職選挙法(昭和二五年法律第一〇〇号)附則二項(現行の同法附則三項)、地方自治法(昭和二二年法律第六七号)附則二〇条一項、旧外国人登録令(昭和二二年勅令第二〇七号)一一条等の例に倣い戸籍条項が設けられたのである。従って、戸籍条項は、国籍条項と趣旨を同じくし、これと相まって、旧植民地出身者を援護法の適用対象外とすることを明らかにしたものといえる。なお、法律の本則と附則との間に効果において特段優劣の関係は存しないのであり、援護法の本則と附則を整合的に解釈すれば、戸籍条項の意味が右のようなものであることは明らかである。

戸籍条項に「当分の間」と規定したのは、前記の公職選挙法等の規定に倣ったものであるが、その他、援護法の立案中や国会審議中には、朝鮮半島、台湾等旧植民地出身者の日本国籍喪失の有無及びその時期が分明ではなかったこと、昭和二七年四月一九日付けの民事局長通達によって「朝鮮半島、台湾出身者は、平和条約の発効によって日本国籍を喪失する」という政府の解釈が公にされた以降も、平和条約がいつ発効するか不分明であったこと、当時の流動的情勢の中では、朝鮮半島、台湾出身者が何らかの形で日本国籍を留保できるように事態が推移することも考えられ、その場合には戸籍条項が国籍条項を補完するものとしては不適当となる可能性もなくはなかったこと等の不確定要素も加味されたからである。従って、「当分の間」というのは、原告が主張するように、旧植民地各国と日本政府との協議により何らかの取極がなされ問題の解決が図られるまでというように、特定の時期までを念頭において規定されたものでない。またそもそも、「当分の間」という法令上の文言は、別途当該法令の改廃等の立法措置が講じられない限り継続して効力を有するという趣旨のものであるから、この点からしても、原告の右主張が失当であることは明らかである。

ハ 本件却下処分における処分理由

法律の適用に当たっては、当該法律自体の適用を排除する附則が、当該法律において権利、資格の喪失等を規定する条項よりも論理的に優先するから、原告が日本国との平和条約の発効によって日本国籍を喪失していることを問題にする以前に、原告は「戸籍法……の適用を受けない者」として援護法の適用を受けないので、被告厚生大臣は、戸籍条項を根拠として本件却下処分を行ったのである。

(二) 戸籍条項、国籍条項と憲法一四条

(1) 原告の主張

イ 「人格の価値がすべての人間について平等であり、従って……あるいは特権を有し、あるいは特別に不利益な待遇を与えてはならない」(最高裁昭和二五年一〇月一一日大法廷判決・刑集四巻一〇号二〇三七頁)という大原則に反するような差別は、憲法一四条に反し許されない。もっとも、差別が合理的な根拠に基づいて必要と認められる場合には、異なる取扱も許容されるが、差別が合理的なものであるというためには、まず第一に、当該差別の内容が前記の大原則に反しないことが要求され、「人格の価値がすべての人間について平等」であるとの確信にいささかでも疑いを差し挟むような差別は、法の下の平等に反し許されない。第二に、立法目的との関係で当該別扱いが合理的であり、別扱いの対象となる者のもつ特性がそのような差別的扱いを必要とするものであることが要求される。殊に、憲法一四条一項が列挙する「人種、信条、性別、社会的身分、門地」は、「差別につき疑わしい範疇」と考えられ、それらによる差別は、やむにやまれぬ重大な政府利益達成のために、対象者の特性に基づく別扱いが必要不可欠なものといえない限り、合理的なものと認められるべきでない。

ロ 援護法の目的は、「軍人軍属の公務上の負傷若しくは疾病又は死亡に関し、国家補償の精神に基づき、軍人軍属であった者又はこれらの者の遺族を援護することを目的とする」(同法一条)とされ、軍人軍属等国と一定の雇用関係ないし雇用類似の関係にあった者を対象に、これらの者の公務上の負傷、死亡等の戦争犠牲に対して、国家補償を行うことを目的としている。

ハ 援護法の国籍条項は、援護の対象を日本国籍を有する者に限定し(同法一一条二号、二四条、二九条一項二号、三五条一項等)、日本国籍の喪失を失格事由、失権事由としている(同法一四条一項二号、三一条一項二号、三八条二号等)。また戸籍条項は、戸籍法の適用を受けない者については、当分の間、援護法を適用しないとしている(同法附則二項)。

ニ 在日韓国人・朝鮮人を援護法の給付の対象から排除することは、韓国・朝鮮出身者であるが故をもって特別に不利益を課するものであって、「人格の価値がすべての人間について平等であり、従って……あるいは特権を有し、あるいは特別に不利益な待遇を与えてはならない」という前記の大原則に違反するから、国籍条項、戸籍条項は違憲無効である。

仮にそのようにいえなくとも、憲法一四条一項の「社会的身分」とは、本人の意思や努力と係わりなく決定される恒常的な社会的地位又は身分をいうと解すべきところ、在日韓国人・朝鮮人というのが、本人の意思や努力と係わりなく決定される恒常的な社会的地位又は身分であることは否定できないから、これが「社会的身分」に含まれ、ないしは「社会的身分」と同一に扱われるべきものであることは当然である。そして、「社会的身分」に基づく差別的取扱は、前記のとおり、やむにやまれぬ重大な政府利益達成のために、対象者の特性に基づく別扱いが必要不可欠なものといえない限り、合理的なものといえないのである。ところが、援護法の前記立法目的に照らすなら、その援護対象を決定するに当たっては、戦争犠牲が生じた当時の軍人軍属等国との一定の雇用関係ないし雇用類似の関係の有無を基準とすべきは当然であり、それ以後の国籍の喪失や戸籍法の適用がないことを理由に、日本人と差別し同法の補償の対象から排除することを必要とするような重大な政府利益など到底存在しない。

殊に、在日韓国人・朝鮮人の元軍人軍属が、日本の植民地支配の下で、日本国籍を強制され、強制的に徴用されて戦地に連行された事実、にもかかわらず、戦後日本国との平和条約発効に伴う措置として、その意思に関係なく一方的に日本国籍を剥奪された事実、在日韓国人・朝鮮人が、日本に永住する権利を有し、日本に生活の基盤を持ち、日本人と同等の納税の義務をも果たしている事実を考慮するなら、援護法の適用に関して、国籍の喪失や戸籍法の適用がないことを理由に、それらの人々に対して差別扱いし、援護法による補償を拒むことは許されない。

従って、援護法の国籍条項、戸籍条項は憲法一四条に違反し、違憲無効である。

ホ 被告らの主張に対する反論

① 被告らは、戦争被害の特殊性を理由として、在日韓国人・朝鮮人の元軍人軍属に対する差別も不合理でないと主張する。しかし、被告国と一定の雇用関係又は雇用類似の関係を有する軍人軍属の公務上の犠牲に関しても、他の一般的戦争被害と同様、補償のための立法をしないとする選択は許されても、右犠牲を他の一般的戦争被害と区別してこれについて補償を行うという立法判断をし、援護法の制定を行う以上、ある者についての右犠牲は補償し、またある者については補償しないというような立法府の裁量は、別扱いを正当化する合理的理由がない限り、憲法一四条に反し許されない。しかし、被告らは、そのような別扱いを正当とする合理的理由を何ら示し得てはいない。

② 被告らは、在日韓国人・朝鮮人が外国人であることを、援護法の給付の対象から排除する理由として挙げる。しかし、憲法一四条の趣旨は、特段の事情が認められない限り、外国人に対しても類推されるべきものである。確かに、外国人に対し、全面に渡って日本国民と同等に取り扱われるべきことを要請されているとみることはできないにしても、別異の取扱いが許されるのは、当該外国人の特性からそのような取扱いをすることに合理性が認められる場合に限られる。しかるに、軍人軍属等の国との間の一定の雇用関係ないし雇用類似の関係に基づく国家補償的性格を有する援護法の適用に関して、特別永住者として日本に定住し、日本に生活の基盤を置き、納税の義務を果たす原告ら在日韓国人・朝鮮人につき差別的取扱をする合理性を見いだすことはできない。従って、外国人であることは、差別の合理性を根拠付ける理由にはならない。

③ 被告らは、援護法が一面において、本人又は遺族の生活の援助を目的とし、しかもその原資は全額国民の税負担に依拠しているという援護法の社会保障的性格を、同法の給付の対象を日本国民に限定する理由として挙げる。しかし、援護法の目的は「軍人軍属の公務上の負傷若しくは疾病又は死亡に関し、国家補償の精神に基づき、軍人軍属であった者又はこれらの者の遺族を援護すること」にあり、それが軍人軍属等の国との間の一定の雇用関係ないし雇用類似の関係に基づく国家補償的性格を有するものであることは明らかである。

また、仮に援護法に一面社会保障的性格があるにしても、今日の社会においては、もはや、生活の保障ないし援助は、それぞれの国民の所属する国家の責任においてなされることが国際間の基本原理であるとはいえなくなってきており、生活の保障ないし援助を行うのは、それぞれの者が生活の根拠を置く国家の責任であるというべきである。このことは、経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約(国際人権規約A規約。以下「A規約」という。)二条二項、三項、九条等の趣旨からも明らかである。そして、原告ら在日韓国人・朝鮮人の生活の根拠は日本にあり、しかも彼らの多くは、日本の植民地政策の結果在日を余儀なくされたのであるから、これらの者については、日本こそが生活保障の責務を負うというべきである。現に、公営住宅法、日本住宅公団法、住宅金融公庫法、国民金融公庫法については、国際人権規約批准後の昭和五五年四月一日以降、在日韓国人・朝鮮人に対しても適用が認められるようになっているし、国民年金法、児童扶養手当法、特別児童扶養手当法、児童手当法においても、難民条約の批准に伴い、昭和五七年一月一日より国籍条項が撤廃されている。

なお、在日韓国人・朝鮮人が納税義務を負っている以上、援護法の給付の原資が国民の税負担に依拠していることも差別の合理性を根拠付ける理由にならないことは当然である。

④ 被告らは、援護法立法当時、戦争被害の補償に関して当該外国人の帰属国との外交交渉の可能性があったことを、援護法の差別扱いの合理性の根拠として主張する。しかし、外交交渉の可能性があるからといって、直ちにそのような差別扱いの合理性が根拠づけられるわけではなく、日本国民に対し補償立法を行うと同時に、外国人に対しては、当該外国人の帰属国との外交交渉によって、他の条約又は立法をもって同等の補償、救済を行って始めて、そのような差別立法の合理性が根拠づけられるのである。しかるに、被告国は、援護法の立法当時、韓国、朝鮮とそのような外交交渉を行い条約、立法等の措置を取ったりはしてはいない以上、差別扱いの合理性を根拠づけることはできない。被告国としては、韓国人・朝鮮人について、そのような代替的条約、立法措置を取れないのであれば、条約締結、立法制定まで当分の間援護法を適用するとの規定を援護法に設けるべきであったのである。

仮に、援護法の立法当時、当該外国人の帰属国との間で合理的期間内に交渉がもたれ、日本人と同等の補償、救済をなすという条約、立法が成立する現実的可能性が存在したのであれば、右合理的期間内においては、立法府の裁量権の範囲内として、国籍条項、戸籍条項の合理性が認められる余地があるとしても、右合理的期間経過後何らの外交交渉や補償、救済措置もなされなかった場合、戸籍条項、国籍条項は、その時点で違憲無効になる。在日韓国人・朝鮮人に関しては、そのような補償、救済措置は今日に至るまでとられておらず、昭和四〇年六月二二日調印された日韓請求権・経済協力協定においても、在日韓国人は同協定の適用対象外とされている。従って、今日までに右合理的期間が経過していることは明白である。また、少なくとも日韓請求権・経済協力協定締結以後においては、そのような補償、救済措置が取られる可能性は失われたのであるから、国籍条項、戸籍条項は、現時点においては違憲無効である。

(2) 被告らの主張

イ 戦争は国の存亡に係わる非常事態であり、国民のすべてが多かれ少なかれその生命、身体、財産について犠牲ないし損害を余儀なくされるのであって、これらの犠牲は、国民が等しく受忍しなければならないところ、本件で原告の主張する戦傷も、右の戦争犠牲ないし戦争損害に当たる。こうした戦争犠牲ないし戦争損害に対して、いかなる範囲、程度の補償をするかは、国の高度に政策的な判断を要する問題であり、立法府の裁量を尊重すべき分野である。従って、国籍条項、戸籍条項の合理性については、右の点を前提にして検討されなければならない。

憲法一四条は絶対的な法の下の平等を保障したものではなく、法規の制定又はその適用において異なる取扱いがされたとしても、その差別的取扱いが一般社会観念上合理的な根拠に基づいて必要と認められるものである場合には、同条に違反しない。一般の戦争被害と軍人軍属に生じた戦争被害との間に本質的な差異は存せず、前記のように戦争被害に対する補償や救済のための措置は、国の立法と法律の施行に委ねられており、これらに関しては当局の裁量権があるわけであるから、それが著しく合理性を欠き、裁量の範囲を逸脱しているとみられる場合を除いて、補償、救済の対象者、内容等の面で差異を生じても、同条違反の問題は生じない。

ロ 憲法一四条は、直接的には日本国民に対する法の下の平等を保障したものであるが、外国人についても、できる限り日本国民と同様に平等な取扱いを保障することが同条の趣旨に合致する。しかし、同条が直ちに全ての面にわたって外国人を日本国民と同様に取り扱うべきことを要請しているとまでみることはできないのであって、現下の世界体制が未だ国家という単位を法的、経済的、社会的体制の基礎においている以上、外国人の当該国家に対する関係は、その一般国民の国家に対する関係が全面的かつ恒久的な結合関係であるのとは本質的に相違し、外国人に対しすべての面にわたって一般国民と同等に取り扱うべきことを要請されているものとみることはできない。

ハ 援護法は、国家補償の精神に基づき、戦争被害の一種である軍人軍属等の一定の戦争損害に関して援護を行うことを目的とするものであるから、右に述べた観点からすると、同法において、そうした戦争損害に対する補償や救済のための措置を外国人に及ぼさないとしていることにも十分な合理性がある。

また、援護法による援護には、老齢、障害又は死亡等の事由が生じた場合に、軍人軍属等本人又はその遺族を援助するという社会保障的な側面もある。しかし、現下の世界体制の下における国家とその国民との関係が前記のようなものであることからして、現在の世界の実情においては、各自に対する生活の保障ないし援助は、それぞれの国民の所属する国家の責任においてなされることが国際間の基本原理となっている。従って、このような観点からみても、援護法に国籍要件を設けることには十分な合理性がある。

ちなみに、最高裁昭和五三年三月三〇日第一小法廷判決・民集三二巻二号四三五頁は、「わが国の戦争被害に関する他の補償立法は、補償対象者を日本国籍を有する者に限定し、日本国籍の喪失をもって権利消滅事由としているのが通例であるが、原爆医療法があえてこの種の規定を設けず、外国人に対しても同法を適用することとしているのは、被爆による健康上の障害の特異性と重大性のゆえに、その救済について内外人を区別すべきでないとしたもの」と判示しているが、右判示内容からしても、最高裁は、援護法等の戦争損害に対する補償立法が国籍要件を設けることの合憲性を是認していると理解できる。

ニ 更に、援護法の国籍条項、戸籍条項に係る立法政策の合理性を評価するに当たっては、当該外国人の処遇につきその外国人の帰属国と日本国との間で交渉が行われる蓋然性をも勘案すべきであるところ、日本国との平和条約四条aは、日本国と同条約二条に掲げる地域(韓国・朝鮮を含むいわゆる分離独立地域)との間の財産・請求権の問題は、日本国と現にこれらの地域の施政を行っている当局との間の特別取極の主題とする旨規定している。従って、立法府が、援護法の立法に際して、かかる補償に関する問題が特別取極の主題となる蓋然性のあることを考慮して国籍要件を設けたとしても、このことをもって不合理ということはできない。

なお、その後昭和四〇年六月二二日調印された日韓請求権・経済協力協定二条1は、「両締約国は、両締約国及びその国民の財産、権利及び利益並びに両締約国及びその国民の間の請求権に関する問題が、……日本国との平和条約第四条aに規定されるものを含めて、完全かつ最終的に解決されたこととなることを確認する。」と規定し、二条3は、「2の規定に従うことを条件として、一方の締約国及びその国民の財産、権利及び利益であってこの協定の署名の日に他方の締約国の管轄の下にあるものに対する措置並びに一方の締約国及びその国民の他方の締約国及びその国民に対するすべての請求権であって同日以前に生じた事由に基づくものに関しては、いかなる主張もすることができないものとする。」と規定している(ここで意味するところは、日韓両国が国家として有している自国民に対する外交保護権を相互に放棄するということであって、協定自体、日韓両国民の財産、権利及び利益並びに請求権を国内法的な意味で消滅せしめるものではない。)。そして、同協定二条2は、「この条の規定は、次のもの……に影響を及ぼすものではない。」とし、aとして「一方の締約国の国民で一九四七年八月一五日からこの協定の署名の日までの間に他方の締約国に居住したことがあるもの(実際には、主として在日韓国人がこれに当たる。)の財産、権利及び利益」を挙げている。右二条2aにいう「財産、権利及び利益」とは、同協定について合意がなされた際の議事録(以下「合意議事録」という。)2aからも明らかなとおり、「法律上の根拠に基づき財産的価値を認められるすべての種類の実体的権利」をいう。従って、このような実体的権利に該当しない請求権の問題については、在日韓国人に関するものであっても、同協定二条1、3に規定されたとおり完全かつ最終的に解決済みであると解される。原告が本訴で主張する請求権は、援護法による年金等の支給請求権をいっているのであれば、同法には国籍要件、戸籍要件が設けられていて在日韓国人には同法の適用はないので、法律上の根拠に基づくものとはいえない。従って、かかる請求権は「財産、権利及び利益」に当たらない。

(三) 戸籍条項、国籍条項と国際人権規約

(1) 原告の主張

イ 市民的及び政治的権利に関する国際規約(国際人権規約B規約。以下「B規約」という。)二条一項は、「締約国は……すべての個人に対し……この規約において認められる権利を尊重し及び確保することを約束する。」と規定していて、各締約国に対し即時的実施義務を課している。また、我が国において、条約には直ちに国内法としての効力が認められているから、自動執行的性格を有する規定は直ちに国内法としての効力を生ずることは、広く判例上も認められているところである。従って、B規約二六条の規定(法の下の平等を定めたもの。)は、同規約が我が国で発効した時点において即時に、国内法(裁判所における裁判規範)としての効力を有するに至っている。

A規約の各規定は、一般的には各締約国にその内容の漸進的達成を義務づけるものと解されているが(同規約二条一項)、同規約二条二項、九条等の無差別保障条項は漸進的実現には服さず、A規約の内容の実施は平等に行われなければならない。従って、これらの規定も直ちに国内法としての効力を生ずると解される。

ロ B規約に基づいて設置されたB規約人権委員会(以下「規約人権委員会という。」は、同規約の締結国について、同規約の実施を監視する唯一の機関であり、同委員会による同規約の解釈は制度上最も高い権威を有するものであるから、これが示す解釈に対しては最大限の尊重が払われなければならず、締約国は、特段の理由がない以上これに従うべきである。わが国の裁判所がB規約を適用する際にも、規約人権委員会の示す解釈に従うべきで、これと相反する解釈を取るには、理論的にこれを凌駕し、他の締結国も肯定しうる解釈論を示す必要がある。

規約人権委員会がB規約の各条項について出してきた「一般的意見」は、同委員会の同規約に対する解釈を示すものであり、いわば同委員会によるコンメンタールである。また、B規約の第一選択議定書に基づく個人通報に対して規約人権委員会により出される「見解」は、同委員会が規約の条項を解釈してこれを具体的事案に当てはめたものであり、そこに示された解釈はいわば判例としての価値を有する。これら「一般的意見」及び「見解」に示された規約人権委員会の解釈は、制度上最も高い権威を有するものであり、締約国は特段の事情のない限りこれに従わなければならない。

ハ B規約二六条は、同規約上の権利のみならず、これ以外の分野(例えばA規約に規定された経済的、社会的及び文化的権利)についても、「国民的出身」又は「他の地位」によって差別があってはならないことを定めており、国籍は「国民的出身」又は「他の地位」に含まれる。かくして、ある国による立法が行われた場合には、その立法は内容において国籍による差別があってはならないとされ、この理は、規約人権委員会の「一般的意見」及び「見解」でも明らかにされている。殊に、本件と同種のいわゆるセネガル事件(ゲイエ外対フランス・通報番号一九六/一九八五)において出された「見解」では、本件と同種の事案につき、差別がB規約二六条に違反することが明瞭に認定されており、右「見解」に照らしても、援護法の国籍条項、戸籍条項がB規約二六条違反であることが規約人権委員会のとる解釈であることは明らかである。現に、規約人権委員会は、援護法の国籍条項及び戸籍条項を差別として捉え、日本政府に改善を促している。

また、A規約は、二条二項及び九条において、社会保障についてすら内外人平等の権利を保障している。従って、援護法の国家補償的性格に鑑みれば、国籍条項及び戸籍条項が右各規定に違反することは明らかである。

(2) 被告らの主張

イ A規約二条一項及びB規約二条二項は、これらの規約の実体条項に定められた権利が国内の立法措置等を待って始めて個人の権利ないし利益として具体化されるとしている。従って、これらの規約上かかる権利について定めた実体規定があるからといって、直ちに、個人が国家に対して、右規定にいう権利の保障を具体的に請求することができるわけではない。

ロ A規約及びB規約の定める平等原則も憲法一四条と同趣旨のものであって、内外人の取扱いについて合理的な差異を設けることまで否定しているわけではなく、援護法の国籍要件は前述のとおり合理的なものであるから、A規約・B規約に違反しない。

ハ 原告は、セネガル事件における規約人権委員会の「見解」を、自己の主張を裏付けるものとして挙げるが、同委員会は、裁判所でも準司法的な権限を有する機関でもないから、B規約の最終的な解釈権限が同委員会に帰属するわけではないし、各締約国は同委員会の解釈に拘束されるものでもない。また、右「見解」は、第一選択議定書に基づく個人からの通報に対し、当該通報の内容たる具体的事例について示されるものであり、当該事案の個別的事情を前提として述べられているものに過ぎないから、B規約の有権的解釈といい得るものでなく、全く別個の事案である本件につき適用されるものではない。

3  原告の損害賠償請求の成否

(一) 原告の主張

(1) 国会及び内閣の職務行為

援護法の国籍条項、戸籍条項は、憲法一四条に違反し、また国際人権規約が我が国で発効した昭和五四年九月二一日以降においては同規約(A規約二条二項、九条及びB規約二六条等)にも違反し、無効である。しかるに、国会は、国籍条項、戸籍条項を設けた援護法を成立させ、また、日韓請求権・経済協力協定が調印され国際人権規約が発効して、その違憲性が明らかになった後も、それらの条項を改廃することなく存続させている。また、内閣は、国籍条項、戸籍条項を設けた援護法案を国会に提出し、現在に至るまでそれらを廃する法律改正案を国会に提出することなく、それらの条項を存続させている。

国会は、国権の最高機関として、立法をなすに当たっては、当該法律が違憲という重大な結果をもたらさないように慎重に審議すべき高度の注意義務を負っている。しかるに、国会が、援護法に憲法一四条に違反する国籍条項、戸籍条項を設けたまま同法を成立させ、その後もこれを廃することなく存続させたことについては、その公権力の行使に当たり故意、過失があったものといえ、また、それにより原告の被った被侵害利益の重大性、侵害の態様、程度の重大さ等にも鑑みれば、国会の職務行為の違法性も明らかである。更に、内閣は、法案を国会に提出するに当たっては、それが違憲の内容をもたないように慎重に検討すべき注意義務を負うべきところ、憲法一四条に違反する国籍条項、戸籍条項を設けた援護法案を国会に提出し、その成立後現在まで、国籍条項、戸籍条項を改廃する改正案を国会に提出しないことについては、内閣の公権力の行使に当たり故意、過失があったものといえ、また、その職務行為の違法性も明らかである。

(2) 被告厚生大臣らの職務行為

被告厚生大臣及び厚生省の職員らは、援護法の国籍条項、戸籍条項が違憲無効の条項で、原告ら在日韓国人の軍人軍属に対して援護法を適用して障害年金等を支給すべきであったのに、その適用を拒み続けた。特に、日韓請求権・経済協力協定調印後は戸籍条項は失効し、原告ら在日韓国人の軍人軍属に対して援護法を適用すべきが当然であったにもかかわらず、やはりその適用を拒み続けたのである。このような取扱いは、特に日韓請求権・経済協力協定の調印後においては、明らかに憲法一四条に違反する。

行政権を執行する公務員が憲法に適合するように法を執行する義務を負うのは当然であるが、被告厚生大臣らは、右のように憲法一四条に違反して、原告ら在日韓国人の軍人軍属に対して援護法を適用することを拒み続けてきたのであり、被告厚生大臣らには故意、過失があり、また、その行為は違法である。

(3) 原告の損害

原告は、韓国民族でありながら、日本国が繰り広げた侵略戦争に加担させられ、右前肘切断等の重傷を負った。それにもかかわらず、前記のような明らかに不合理な差別的取扱いによって、日本人と異なって今日まで全く補償を受けられず、生活を維持するために筆舌に尽くしがたい努力、苦労を強いられてきた。戦後五〇年間このような状態に置かれ続けてきた原告の精神的苦痛は計り知れず、それを慰謝するためには一〇〇〇万円が相当である。

よって、原告は、国家賠償法一条一項に基づき、被告国に対して、損害賠償(慰謝料)として一〇〇〇万円の支払いを求める。

(二) 被告国の主張

(1) 国会及び内閣の職務行為

国会ないし国会議員の立法行為(立法不作為を含む。)は、立法の内容が憲法の一義的な文言に違反しているにもかかわらず国会が敢えて当該立法を行うというがごとき、容易に想定し難いような例外的場合でない限り、国家賠償法の規定の適用上、違法の評価を受けるものではない。本件において、原告ら在日韓国人・朝鮮人について戦後補償の立法を行うことを命ずる明文の規定は存せず、それを行うか否かは、極めて高度な政策的判断を要する立法上の事項であるから、立法府の行為が違法になる右の例外的な場合であると解する余地はない。

(2) 被告厚生大臣らの職務行為

被告厚生大臣ないし厚生省の職員の行為に関していえば、公務員は、法律に基づき行政を執行しなければならないのであるから、当該法律の条項に基づいて行った行為について公務員に過失が認められるのは、当該条項が違憲であることが文言上一義的に明白である場合に限られる。しかるに、本件で問題になっている援護法の国籍条項、戸籍条項が違憲であることが文言上一義的に明白であるといえないことは明らかであるから、この点についての原告の主張も理由がない。

第三  争点に対する判断

一  本件地位確認の訴えの適法性について

援護法に基づく援護を受ける権利の裁定は、援護を受けようとする者の請求に基づいて被告厚生大臣が行うものであり(援護法六条)、右請求に基づいてなされた被告厚生大臣の裁定等の行政処分に不服のある者は異議申立てをすることができる(同法四〇条、行政不服審査法六条)。また、被告厚生大臣の裁定等の行政処分の取消の訴えは、当該処分についての異議申立てまたは審査請求に対する決定又は裁決を経た後でなければ、提起できないと定められている(同法四二条の二)。

右の規定からすると、援護法は、同法に基づく援護を受ける権利の有無およびその内容を確定するについては、その認定に当たっての専門性、技術性等に鑑み、まず第一次的に行政庁たる被告厚生大臣の裁定判断に委ね、右裁定に不服がある場合に、異議申立て等の行政不服審査手続きを経た後始めて、裁判所に、被告厚生大臣の裁定等の行政処分の取消の訴えを提起できるものとしていると解される。しかるに、本件地位確認の訴えは、裁判所が行政庁の判断を先取りし、実質的に行政庁に代わって援護を受ける権利の裁定をなすことを求めるものといえるから、このような訴訟は、援護法の定める前記の請求手続、不服申立方法である異議申立て及び抗告訴訟の制度の趣旨を没却し、行政庁の第一次的判断権を侵害するものである。従って、本件地位確認の訴えは不適法である。

二  国籍条項、戸籍条項の在日韓国人・朝鮮人に対する適用について

1  援護法の制定経緯

第二次大戦前には、軍人軍属が公務上負傷し又は疾病にかかり、これによって障害の状態となり又は死亡したときには、恩給法や雇員扶助令等により恩給、扶助料等が支給されていたが、終戦後、連合軍の占領下において、連合軍最高司令部の指示に基づき、昭和二一年勅令第六八号によって、重度の戦傷病者を除いて、軍人軍属やその遺族に対する恩給、扶助料等の支給が停止され、同年の恩給法の一部を改正する法律(同年法律第三一号)により、軍人軍属やその遺族は恩給権者から除かれた。しかし、その後日本に対する戦後処理の問題が進展するとともに、停止されている軍人軍属に対する恩給等を復活しようという動きが高まり、昭和二七年四月二五日、戦死傷者やその遺族の救済を図るべく援護法が国会で可決されて成立し、同月三〇日公布施行されたが、その適用については同月一日に遡及することとされた。援護法においては、本則(一一条二号、一四条一項二号、二四条、二九条一項二号、三一条一項二号、三五条一項、三八条二号等)で、日本国籍を有することが援護を受けるための要件であり、日本国籍を有しないか又はこれを失ったことが失権事由ないし失格事由とされ(国籍条項)、附則二項で、戸籍法の適用を受けない者については、当分の間、この法律を適用しないとされるに至った(戸籍条項)。

この間、日本国との平和条約が昭和二六年九月八日に署名され、昭和二七年四月二八日発効したが、その二条には、日本国は、朝鮮、台湾等を初めとするいわゆる旧植民地の独立を承認し、あるいはそれらの地域に対するすべての権利、権原および請求権を放棄する旨規定されており、四条aでは、日本国における現に右地域の施政を行っている当局及びそこの住民の財産並びに日本国及びその国民に対するこれらの当局及び住民の請求権の処理は、日本国とこれらの当局との間の特別取極の主題とするとされた。また、朝鮮人・台湾人等旧植民地出身者の国籍問題に関しては、同月一九日法務省民事局長通達が発せられ、旧植民地出身者は日本国との平和条約の発効により日本国籍を喪失するという政府の見解が示された。

また、昭和二七年四月二日に開かれた援護法制定の際の衆議院厚生委員会における政府委員の答弁では、援護法上の援護対象者は日本国籍を有する者に限定したが、当時朝鮮、台湾等の旧植民地出身者の国籍の帰属が不分明であったので、これらの者に対して援護法の適用がないことを明らかにする趣旨で戸籍条項が設けられた旨述べられている(甲七二号証)。

2  国籍条項、戸籍条項の規定の解釈

(一)  援護法の国籍条項の解釈としては、原告が主張するように、日本国との平和条約の発効といった自己の意思によらない事由による国籍の喪失は、援護法の国籍条項に規定された国籍の喪失には当たらないと解する余地がある。しかしながら、前記1のとおり、同法の戸籍条項は、同法の適用開始当時朝鮮半島、台湾等旧植民地出身者の国籍の帰属が必ずしも明らかではなかったので、援護法の適用開始当初(これは、前記のとおり、日本国との平和条約発効前の昭和二七年四月一日に遡る。)から朝鮮半島、台湾等旧植民地出身者については援護法による給付の対象としないという政策的判断を明らかにするため、当時既に制定をみていた公職選挙法(昭和二五年法律第一〇〇号)の附則二項(現行の同法附則三項)、地方自治法(昭和二二年法律第六七号)の附則二〇条一項、旧外国人登録令(昭和二二年勅令第二〇七号)一一条等同趣旨の他の規定の例に倣い設けられたものであることが明らかである。従って、戸籍条項は、国籍条項と相まって、旧植民地出身者を援護法の援護対象としないことを明らかにする趣旨で設けられたものであるといえるから、結局、自己の意思によらないで国籍を喪失した原告ら在日韓国人・朝鮮人も、国籍条項及び戸籍条項により援護法の適用対象外とされていると解する他はない。

(二)  援護法附則二項(戸籍条項)は、「戸籍法の適用を受けない者については、当分の間、この法律を適用しない。」と規定している。原告は、「当分の間」とは、旧植民地各国と日本政府との協議により何らかの取極がなされ問題の解決が図られるまでと解されるところ、日韓請求権・経済協力協定において、原告ら在日韓国人の戦傷者は、その協定における「完全かつ最終的な解決」から除外され、その後も日韓での協議、取極による解決が図られる可能性がなくなったのではあるから、援護法制定時に「当分の間」として暫定的に設けられた期間は右協定の調印により終了し、それ以後戸籍条項はその効力を失った旨主張する。しかし、そもそも、「当分の間」という法令上の文言は、一般に、別途当該法令の改廃等の立法措置が講じられない限り継続するという趣旨のものであり、将来の具体的事柄の発生を予想してその時点までに限って法令の効力を維持させる趣旨のものではない。また、前記援護法の立法経緯等にも照らしても、戸籍条項に「当分の間」との文言が入れられたのは、一つには朝鮮半島、台湾等旧植民地出身者に対する戦争被害の補償に関しては、これらの国との間の外交交渉による特別取極が予定されていたことにもよるけれども、それ以外に、援護法の立案中や国会審議中には、そもそも日本国との平和条約がいつ発効するかも不分明であったし、また朝鮮半島、台湾等旧植民地出身者の日本国籍喪失の有無及びその時期も明らかではなかったこと等の事情にもより、これら種々の不確定要素を勘案して、旧植民地出身者を援護法の適用対象外とすることを明確にするため、当時既に同様の趣旨で規定されていた公職選挙法(昭和二五年法律第一〇〇号)の附則二項(現行の同法附則三項)、地方自治法(昭和二二年法律第六七号)の附則二〇条一項、旧外国人登録令(昭和二二年勅令第二〇七号)一一条等の例に倣い、前記のとおりの戸籍条項が設けられたものであると考えられる。従って、立法経緯からしても、「当分の間」というのは、将来の特定の事柄の発生を予定してそれまでに限る趣旨で規定されたものでないことが明らかであるから、原告の右主張は採用できない。

三  国籍条項、戸籍条項と憲法一四条

1  憲法一四条は、直接的には日本国民に対する法の下の平等を保障したものであるが、同条の趣旨はわが国に在住する外国人についても基本的に妥当し、外国人に対しても同条の保障は及ぶと解せられる。しかし、だからといって右規定が直ちに全ての面にわたって外国人を日本国民と同様に取り扱うべきことを要請しているとまでみることはできないのであって、現在の世界体制が国家という単位を法的、政治的、経済的、社会的体制の基礎においている以上、保障の対象となる権利の特性に応じて、外国人と日本国民との間の社会的、経済的その他の種々の事実関係上の差異を理由として、法的取扱いに差別を設けることは、それが合理性を有するものである限り、右規定の禁止するところではない。従って、差別的取扱いが憲法一四条に違反するのは、そのような取扱いの内容、程度及び目的等に鑑みて、その根拠が社会通念上合理的なものといえず、人間の人格価値の平等の理念に立脚した右規定の趣旨に反する場合であるといえる。

2 援護法は、その一条に「軍人軍属の公務上の負傷若しくは疾病又は死亡に関し、国家補償の精神に基づき、軍人軍属であった者又はこれらの者の遺族を援護することを目的とする。」と規定されているとおり、基本的には、軍人軍属等国と一定の雇用関係ないし雇用類似の関係にあった者を対象に、これらの者の公務上の負傷、死亡等の戦争犠牲に対して、国家補償的見地から援護を行うことを趣旨目的としている。従って、この見地からすると、日本国の軍人軍属として公務上負傷し、あるいは死亡した者は、本来援護の対象とすべきであると考えられる。

殊に、甲第三四、三五号証によれば、昭和六〇年度における援護法による第四項症(例えば、原告と同様腕関節以上で一上肢を失った場合等)の者についての障害年金支給額は二三〇万二〇〇〇円で、昭和二七年度から昭和六〇年度までの右障害年金の支給総額は二三一五万九九一七円にも上ることが認められ、一般日本国民であればこのような多額の補償給付が得られるところ、それが全く得られないとすると、その差別の程度は重大であるといえる。

3 しかるに、援護法の国籍条項及び戸籍条項は、外国人に対する同法の適用を除外することにより、原告ら在日韓国人・朝鮮人を援護の対象外に置いているので、このような差別的取扱いの合理的根拠について検討する。

(一)  戦争被害の特殊性

戦争は国の存亡に係わる非常事態であり、そうした状況化の下では、国民の生命、身体及び財産に関する戦争被害は国民の等しく受忍しなければならないところであって、そのような被害について、国が、いかなる範囲の者に対していかなる程度の補償を行うかは、国民感情や社会・経済・財政・国際関係・政治事情等を考慮した政治的判断を要する立法政策に属する問題である(最高裁昭和四三年一一月二七日大法廷判決、民集二二巻一二号二八〇八頁)。戦争は国にとっての最大の非常事態であり、また、それによる被害(軍人軍属の戦死傷等の損害も戦争被害の一つに当たる。)は一般に莫大なものに上るから、それに対していかなる範囲、程度の補償を行うかは、大幅な立法府の裁量に委ねられていると考えられる。しかしながら、軍人軍属の戦死傷による損害等に対して補償を行うという立法を行った場合に、一部の者についてのみ補償することが許されるためには、それが合理的根拠に基づいたものでなければならないのは当然である。そして、前記1、2に述べたところからすると、単に戦後日本国籍を有しなくなったこと自体から、当然援護法の援護の対象外となしうる十分な合理性があると考えることは、戦争被害の前記特殊性を考慮したとしても、困難である。従って、日本国籍を有しない者については、なぜ援護対象から除外しうるのかという点について更に検討しなければならない。

(二)  援護法の国家補償的性格

援護法の制定経緯からして、同法は、公務員恩給制度の一環として立案され、公務員たる軍人軍属の公務上の死傷等に対しての補償制度として、恩給法に準拠して設けられたものであるところ、公務員恩給等の公務補償制度においては、歴史的にみても、常に一貫して日本国籍を有することが補償給付を受けるための要件とされてきたから、援護法においても国籍条項、戸籍条項を設ける合理性があるとの議論がありうる。確かに、援護法の援護も国庫の負担により、国と一定の雇用関係にある者ないしあった者等に対して与えられる特別の庇護であるから、自らの意思により日本国籍を喪失した者については、そのような庇護を受ける地位を放棄したものとして、援護の対象外とすることに合理性があるとも考えられよう。しかし、在日韓国人は、自らの意思によることなく日本国民とされ、日本国との平和条約により、自らの意思によることなく日本国籍を喪失させられたのであるし、しかも我が国において居住し納税の義務も果たしているのであるから、少なくともこのような在日韓国人に関しては、右のような点のみから、前記のように重大な差別を生じさせている国籍条項、戸籍条項の合理性を十分に基礎づけることは困難といわざるを得ない。

(三)  援護法の社会保障的性格

援護法は、前記のような国家補償的性格を有するとともに、また一面において、軍人軍属であった者又はその遺族に対し生活の援助を行うという社会保障的性格をも有することは否定できないところ、このような援助は、当該援助対象者の属する国家の責任においてなされることが現在の国際間で容認されている実情にあることが、国籍条項、戸籍条項の合理性の根拠として考えられる。しかし、援護法は、一面で社会保障的側面を有するが、また、前記のとおり国家補償的性格をその重要な側面として有することも事実であるから、右の理由によって原告ら在日韓国人に対する援護法の援護を全面的に拒み、前記のように重大な差別を生じさせる合理的理由とはなし難いといわざるを得ない。

(四)  二国間協議の可能性

援護法の制定当時既に署名されていて昭和二七年四月二八日発効した日本国との平和条約四条aは、同条約二条に掲げる地域(韓国・朝鮮を含むいわゆる分離独立地域)に関し、日本国及びその国民に対する右地域の施政を行っている当局及び住民の請求権の処理は、日本国と右当局との間の特別取極の主題とする旨規定している。援護法の立法に際しては、朝鮮半島及び台湾等旧植民地出身者の軍人軍属等に対する補償問題が右特別取極の主題となり、外交交渉によって解決されることが予定されたので、そのことも考慮し、援護法によっては朝鮮半島及び台湾等旧植民地出身者に対する補償は行わない趣旨で国籍条項、戸籍条項が設けられたものと考えられる。そして、前記(一)の戦争被害に対する補償の特殊性、(二)の援護法の国家補償的性格、(三)の援護法の社会保障的性格等をも併せ勘案すると、援護法の制定時の社会、経済、財政、政治事情等からして、当時として、右のような二国間協議による問題解決の可能性を考慮し、旧植民地出身者を援護法の適用対象外とする趣旨で、国籍条項、戸籍条項を設けたことには合理性があったといえる。従って、援護法の立法時において、戸籍条項、国籍条項が憲法一四条に反するものであったとはいえない(最高裁平成四年四月二八日第三小法廷判決、判例時報一四二二号九一頁参照)。

4  日韓請求権・経済協力協定の締結と国籍条項、戸籍条項

(一) 日本国との平和条約四条aにいう特別取極の一つとして、日本と韓国との間に昭和四〇年六月二二日調印され、同年一二月一八日発効した日韓請求権・経済協力協定二条1は、「両締約国は、両締約国及びその国民の財産、権利及び利益並びに両締約国及びその国民の間の請求権に関する問題が、……日本国との平和条約第四条aに規定されるものを含めて、完全かつ最終的に解決されたこととなることを確認する。」と規定し、二条3は、「2の規定に従うことを条件として、一方の締約国及びその国民の財産、権利及び利益であってこの協定の署名の日に他方の締約国の管轄の下にあるものに対する措置並びに一方の締約国及びその国民の他方の締約国及びその国民に対するすべての請求権であって同日以前に生じた事由に基づくものに関しては、いかなる主張もすることができないものとする。」と規定している。そして、同協定二条2は、「この条の規定は、次のもの……に影響を及ぼすものではない。」とし、それを受けてaとして「一方の締約国の国民で一九四七年八月一五日からこの協定の署名の日までの間に他方の締約国に居住したことがあるもの(実際には、主としていわゆる在日韓国人がこれに当たる。以下、これに該当する韓国人を「在日韓国人」という。)の財産、権利及び利益」を挙げている。そして、同協定についての合意議事録2aには、同協定二条2aにいう「財産、権利及び利益」とは、「法律上の根拠に基づき財産的価値を認められるすべての種類の実体的権利をいうことが了解された。」旨規定されている(乙一号証)。

同協定二条の実施に伴い、日本においては、昭和四〇年一二月一七日、財産及び請求権に関する問題の解決並びに経済協力に関する日本国と大韓民国との間の協定二条の実施に伴う大韓民国等の財産権に対する措置に関する法律(以下「措置法」という。)が制定され、韓国又はその国民の財産権であって、同協定二条3の財産、権利及び利益に該当するものは、原則として同協定署名の日(同年一二月一八日)において消滅したものとされた。また、韓国においては、請求権資金の運用及び管理に関する法律、対日民間請求権申告に関する法律、対日民間請求権補償に関する法律等が制定され、韓国政府が、日韓請求権・経済協力協定の経済協力により導入された資金等により、韓国国民の日本国政府に対する各種債権や日本国により軍人軍属等として召集又は徴用され、終戦前に死亡したことにより日本国に対して有した請求権等の民間請求権の補償をしたが、在日韓国人はこれらの補償対象者からは除外された(乙二ないし四号証)。

(二)  前記3に述べたとおり、分離独立地域に関しては、補償問題はそれらの地域の施政当局との間の協議により解決されることが予想されたことが、援護法の立法に際して、国籍条項、戸籍条項によりこれらの地域の出身者を同法の適用対象から除外したことの合理性を根拠づける最も重要な理由であったとすると、現実に右協議が成立した場合、そのことが国籍条項、戸籍条項の合理性にどのように影響するかが問題となる。右協議により、援護法によらずに別途右地域の出身者に対して相当の補償がなされれば問題はない。しかし、原告ら在日韓国人の軍人軍属に関しては、前記のような日韓請求権・経済協力協定の締結並びにその実施に伴う日本及び韓国における諸立法によって、戦死傷に対する補償がなされることなく、もはや両国による補償問題に関する協議の可能性もなくなり、補償の途が閉ざされてしまったといえる。そして、同協定により韓国がそのような問題の解決を容認したとしても、それは、韓国政府が国家として有している自国民に対する外交保護権を放棄したことを意味するに止まり、同協定自体、原告ら在日韓国人個人の権利の消長に影響を及ぼすものではない。いわんや、後記のとおり韓国政府は、在日韓国人の軍人軍属の戦死傷に対する補償請求権が同協定の完全かつ最終的な解決(韓国政府の外交保護権放棄)の対象から除外されているとの解釈をとっているのであるから、同協定の締結によって、在日韓国人に関しては、援護法の適用対象から除外したことの合理性を根拠づける最も重要な理由が失われたというべきである。

もっとも、日韓請求権・経済協力協定により韓国が在日韓国人の軍人軍属に関して当然補償をすべきことが予定されていた場合には、日本国としては、同協定の締結によりそれらの者に対する補償の責任を果たしたものと同視されて、在日韓国人を援護法の適用対象外とすることに合理性が認められる可能性がある。そこで、同協定の内容についてみると、同協定二条1、3により、両締約国及びその国民の財産、権利及び利益並びに請求権に関する問題は完全かつ最終的に解決され、これらに関してはいかなる主張もすることができないとされているものの、同協定二条2aにより、在日韓国人の財産、権利及び利益は同協定の完全かつ最終的な解決の対象から除外されているところ、合意議事録2aによると、右財産、権利及び利益とは、法律上の根拠に基づき財産的価値を認められるすべての種類の実体的権利をいうとされている(乙一号証)。そして、日本政府としては、同協定二条1、3の請求権とは、財産、権利及び利益に当たらないものであり、右合意議事録2aの反対解釈から、実体的権利ではないいわゆるクレームを提起する地位であって、これに関しては、右規定により、もはや相手国に対しいかなる主張もできないものとして完全かつ最終的に解決されているところ、在日韓国人の援護法に基づく給付請求権については、何ら国内法上の根拠を有しておらず、法律上の根拠に基づく実体的権利とはいえないから、同協定二条の請求権に当たり、これに関しては韓国政府の外交保護権は放棄され、完全かつ最終的な解決をみている、との解釈をとっている。右見解は、同協定の解釈としてそれなりの合理性をもったものといえる。措置法においても、韓国又はその国民の財産権であって、同協定二条3の財産、権利及び利益に該当するものは消滅したものとされたが、請求権については、実体的権利でないから処理する必要がないものとして、措置法の対象から除かれた。しかし、韓国政府は、同協定の締結交渉過程において、一貫して、在日韓国人の軍人軍属の補償請求権は同協定による完全かつ最終的な解決の対象外であるとの立場をとり、同協定二条2a及び合意議事録2aの解釈としても、右補償請求権は、国家の服務義務の賦課による義務者の役務提供という公法的勤務契約関係において、個人が被った被害及び犠牲に対し、国家から補償を受ける権利であり、補償要件を充足する被害者に対し国家は行政債務を負うから、右補償請求権は、同協定二条2aの財産、権利及び利益に該当するとの見解をとっており、同協定二条の実施に伴い韓国で制定された前記補償立法においても、在日韓国人は補償対象者から除外された(甲六七号証の一、二、同六八号証)。

そうしてみると、日韓請求権・経済協力協定により韓国が在日韓国人の軍人軍属に関して当然補償をすべきことが予定されていたとは到底いえないから、同協定の締結をもって、在日韓国人を援護法の適用対象外とすることの合理性を根拠づけることはできないと考えられる。

(三)  以上検討したところからすると、日韓請求権・経済協力協定締結後においては、在日韓国人について、国籍条項、戸籍条項により、援護法の適用対象外として何らの補償給付を行わず、前記のように重大な差別を生じさせる取扱いは、憲法一四条に違反する疑いがあるといわざるを得ない。

5  原告の援護法に基づく補償給付請求権の当否

原告ら在日韓国人の軍人軍属に対し援護法による補償給付を何ら行わない取扱いが違憲であるとしても、前記3の(一)ないし(三)に述べたような援護法による援護の特殊性に鑑みると、そのことから直ちに、これらの者についても日本国民に対するのと同様の援護が与えられるべきであるとはいい難く、これらの者に対する具体的援護の程度、内容を決定するについては、国民感情や社会・経済・財政・国際・政治事情等を考慮した立法府の一定の幅をもった政治的裁量判断に委ねられた面があることは否定できないところである。従って、援護内容を定めるについて、国籍条項、戸籍条項を廃止することによるのか、他の立法によるのか、また、具体的な援護の内容をどのようなものにするのかに関しては、立法府の決定を待たざるを得ないのであって、立法政策に属する問題であり、憲法一四条違反を理由として本件却下処分の取消を求める原告の請求は理由がない。

四  国籍条項、戸籍条項と国際人権規約

原告は、国籍条項、戸籍条項がA規約二条二項、九条、B規約二六条等に違反し無効である旨主張する。これらの規定は、いずれも法の下の平等原則を定めたものであるが、これらの規約の裁判規範性の有無の点はさておいても、これらの規約の定める平等原則も、憲法一四条と同趣旨のものであり、合理的な理由のない差別を禁止する趣旨のものであるから、前記三で述べたところがそのままここでも妥当する。従って、これらの規約違反を理由として本件却下処分の取消を求める原告の請求は理由がない。

五  損害賠償請求について

国会及び内閣の行為に関していえば、立法行為ないし立法不作為は、立法の内容が憲法の一義的な文言に違反しているにもかかわらず敢えて当該立法を行い、あるいはそれを廃止する等の措置をとらなかったような例外的場合でない限り、国家賠償法一条一項の規定の適用上、違法の評価を受けないものであるところ(最高裁昭和六〇年一一月二一日第一小法廷判決・民集三九巻七号一五一三頁)、以上に述べたところからすると、日韓請求権・経済協力協定締結以前はもとより、それ以後においても、国籍条項、戸籍条項により在日韓国人の軍人軍属に対して援護法による援護がなされなかった状態が憲法一四条の一義的な文言に違反していたとは到底いい難い。

また、被告厚生大臣ないし厚生省の職員の行為に関していえば、公務員は、法律に基づき行政を執行しなければならないところ、援護法の国籍条項、戸籍条項が違憲無効であることが一義的に明確であるといえないことは前示のとおりであるから、これに従って同法の運用を行った被告厚生大臣ないし厚生省の職員の行為が国家賠償法上違法の評価を受けるものでないことは明らかである。

従って、原告の被告国に対する損害賠償請求は理由がない。

六  結論

以上によれば、原告の被告国に対する本件地位確認の訴えは不適法であるからこれを却下し、被告らに対するその余の請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について行訴法七条、民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官下村浩藏 裁判官清野正彦 裁判官山垣清正は転官につき署名、押印できない。裁判長裁判官下村浩藏)

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